2026 秋の声 |
古い画帳から61 筑後川水系の水門 |
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日付に60-7-7とあるのは昭和60年、あれから40年以上の歳月が流れている。当時描いた絵としては可成りまともな絵であり、陰影も適切である。 干満差が6M以上もある筑後川水系では、至る所に水門等の灌漑施設があった。そして佐賀平野では「クリーク」と呼ばれる濠が至る所にあった。要は河の水をそのまま採り入れると、塩水が水田に入り農作物が育たない。河口付近には「アオ」と呼ばれる現象がある。即ち海水部分は重く下層に、真水部分は軽く上層に分かれる時がある。その真水を採り入れて濠に溜め農業に資するのだ。多分この水門も、上下2段に分かれているが、その辺りを考えて作られているのだろう。 私はこの絵を大川市で描いたつもりだったが、今調べるとこの地域は新しく出来た「みやま市」に繰り入れられている。(2026-10-1載)
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