2026 酷暑の夏 |
真夏の冷風 3 |
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米坂線は山形の置賜地方と越後を結ぶ重要な路線だったのです。並行して越後街道が走っていますが、「手の子」を出発して越後方面に向かうと「宇津峠」を越えなければなりませんでした。街道の時代は、この宇津峠に向かう際、馬方・牛方を雇い、荷物の積み越えも必要でしたが、その際人夫も必要でした。「手の子」という駅名の由来は、その人手にあるようです。この写真は「手の子」駅を出発して、急勾配を宇津峠に向かう列車です。明治時代に日本各地を旅行したイギリス人女性旅行家のイザベラ・バードは越後側から峠を登り、越えた先の置賜地方を見てその美しさに感嘆したと言われています。確かに美しい。(2026-8-21載)
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